三重県代表日本酒、而今と高砂
歴史
1. 蔵の初期と而今誕生以前
1818年、三重県名張市に設立された木屋正酒造。
歴史は古いものの、而今の誕生は比較的最近の2005年です。
それまで木屋正酒造は「高砂」という日本酒を醸造しており、生産量も約1,800Lで、醸造用アルコールを混ぜた普通酒や本醸造が大半を占めていました。
(最も人気のある獺祭酒造は年間約5,400,000Lを生産しています。)
地域内では安価で長らく愛されてきましたが、対外的に知名度のある日本酒ではありませんでした。そのため、現在の蔵元である大西唯克氏が27歳で初めて蔵に入った当時、蔵の財政状況は社員一人すら容易に雇えない状態でした。
大西氏は様々な方面で蔵の宣伝に力を注ぎましたが、大きな成果は得られず、その状況は2003年まで続きました。
2. 転機
これから酒蔵をどのように立て直していくべきか悩んでいた頃、大西さんは偶然「十四代」と出会います。
そして、大きな衝撃を受けました。
酒蔵を成功させるために本当に必要なのは、対外的な活動や宣伝ではなく、「美味しい日本酒を造ること」だと考えたのです。
それ以来、今よりもさらに良い酒を造ること、そして品質を最優先にすることを酒蔵の方針として掲げました。
しかし当時は、従業員に給料を支払えるだけの余裕もありませんでした。
そのため、大西さんは一人で新しい酒造りに取り組み、2005年、酒蔵の新たな大吟醸酒を世に送り出します。
そして翌年、その酒は日本最大級の酒類鑑評会である「全国新酒鑑評会」で金賞を受賞し、デビュー直後から多くの日本酒ファンに愛されるようになりました。
その新しい酒が多くの人に愛されるようになったことを祝して、大西さんの母が贈った名前が「而今(じこん)」です。
「今という瞬間を大切に生きる」という意味を持ち、英語で言えば Carpe Diem(今を生きよ)に通じる言葉です。
3. 2018年、酒蔵そのものを象徴する「高砂」のリブランディング
而今は、基本的に甘みのある味わいが特徴の日本酒です。
そのため、日本酒ファンや長年の而今ファンからは、時折こんな声が聞かれました。
「甘口の日本酒は和食には合わせにくい。」
この意見には、大西さん自身もある程度納得していたそうです。
そして、その解決方法も分かっていました。
「辛口の酒を造るには、『木桶仕込み』による『生酛造り』が必要でした。」
※ 木桶仕込み:杉などの木で作られた桶を使用して仕込む醸造方法。(現在はステンレスタンクが主流)
※ 生酛:人工的に乳酸を加えず、自然の乳酸菌を利用するため、酒母を櫂棒で何度もすり潰しながら育てる伝統的な製法。
方法は分かっていましたが、だからといって「而今」の味を変えるわけにはいきませんでした。
そこで大西さんが思いついたのが、酒蔵の創業当初から存在していたブランド「高砂」のリブランディングでした。
而今には、花を思わせる華やかな香りを生み出す自社酵母を使用しています。
一方、高砂には昭和時代(1926〜1989年)に誕生した、落ち着きのある深い香りを持つ酵母を採用し、明確な個性の違いを持たせました。
こうして高砂は、控えめな香りとすっきりとした後味を持つ、木屋正酒造の新たな日本酒として生まれ変わりました。
4. その後
酒蔵を経営する蔵元として、そして酒造りを担う杜氏として十分な経験を積んだ今、大西さんはさらにその先の目標を見据えています。
より美味しい酒を造ることも大切ですが、それ以上に「より意味のある酒」、そして「より意味のある行動」を目指しています。
地域らしさを最も表現する日本酒の誕生
酒蔵の他の銘柄以上に、その土地らしさを表現する新たなブランドが「やなせ」と「名張」です。
どちらも酒蔵がある地域の地名から名付けられた銘柄で、故郷・伊賀市で栽培された山田錦のみを使用して造られています。
蔵元・大西さんが考える「故郷だからこそ生み出せる日本酒の味」を知りたいのであれば、「やなせ」と「名張」を飲んでみるのが一番でしょう。
……とはいえ、ご存じの通り非常に希少なお酒なので、もし偶然出会う機会があれば、ぜひ味わってみてください。
「座」― 酒蔵が運営するゲストハウス
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また、酒蔵を訪れるファンのために、「座(ざ)」というゲストハウスの運営も始めました。
もちろん、酒蔵内の微生物環境を守るため、酒蔵内部へ立ち入ることはできませんが、それでも訪れた人をもてなす場所として活用されています。
誰でも利用できる施設というわけではなく、特別な来客や縁のある方を迎えるための場所として使われているようです。
(公式ホームページや雑誌などを確認した限りでは、一般向けの予約受付は見当たりませんでした。)
自然を守ることへの関心
20年以上日本酒造りに携わる中で、「これほど水と深く関わる仕事は他にない」と自然に感じるようになり、自然環境の保全にも関心を持つようになったそうです。
実際、日本酒造りで最も重要な三つの要素は「米・水・麹」です。
そのどれか一つでも変われば、日本酒の味わいは大きく変化します。
そして酒造りに使われる水は、多くの場合、その土地を流れる水です。
もし、その土地の水で醸した日本酒が世界中の人々に愛されるようになれば、その水や自然そのものに感謝の気持ちを抱くようになるのも、ごく自然なことなのかもしれません
その他の情報
1. 生産量の増加について
誰もが探しているのに、なかなか手に入らない日本酒の代表格――十四代、新政、而今。
これらをはじめ、多くの酒蔵は人気に合わせて単純に生産量を増やしているわけではありません。
自分たちが目指す味を維持できる範囲の生産量。
そして、日本酒居酒屋や酒販店が無理なく自分たちの酒を取り扱える程度の生産量を意識しています。
(長期間冷蔵庫に保管されたままになり、品質が落ちた日本酒を消費者に飲んでもらうことがないようにするためです。)
そのため、生産量は「できるだけ多く」ではなく、「品質を保ちながら適切に流通できる量」を基準に決めているそうです。
「もう少し多く造ればいいのでは?」と思う人もいるかもしれません。
しかし、而今が誕生した当初の生産量は、わずか5,400リットルでした。
現在では約25万リットルまで増え、この20年間でおよそ46倍にまで拡大しています。
つまり、酒蔵としても、できるだけ多くの人に而今を届けようと努力を続けているということです。
(酒蔵を擁護しているわけではありません。私ももちろん、近所の酒屋で気軽に一本買えるようになったら嬉しいです。)
2. 酒造りに向き合う姿勢
而今は、私の予想以上にデータと科学技術を積極的に活用している酒蔵でした。
蔵元や杜氏の五感を頼りに酒造りを行う酒蔵がある一方で、機械を使って温度や湿度を精密に管理し、発酵をコントロールする酒蔵もあります。
その中で、而今の立ち位置は、大西さんの次のコメントを見るとよく分かります。
:「麹菌を振りかける際には、米の温度を正確に30.5℃に合わせ、29.8℃まで冷却した後に再び30.5℃へ戻し、一晩中43.0℃を維持します。この精密な温度管理を実現するため、米の水分量まで管理し、水はミリリットル単位で計量し、浸漬時間はストップウォッチで測定しました。」
機械を導入する理由は、数値に基づいた精密な酒造りを実現するためだけではありません。
作業する人の身体への負担を軽減し、日々の作業で起こり得るケガのリスクを減らすという目的もあります。
大西さんは、かつて一人ですべての酒造りを担っていた時期があり、その頃は文字どおり身体を酷使する日々を経験したそうです。
だからこそ、酒蔵の経営が軌道に乗った現在では、スタッフが安全で働きやすい環境で仕事ができるよう、得られた利益を設備投資や改修工事へ継続的に充てているといいます。
締めくくり(私の考え)
世界のどこかで日本酒を愛し、 酒蔵ミヤモトを訪れてくださった皆さま、ありがとうございます。 酒蔵ミヤモトは、日本酒を「味や香りが良いお酒」という枠を超えて、 記憶に残る存在にするために生まれました。 日本酒をただのお酒ではなく、 思い出を呼び起こす“媒介”にしたい方、 日本酒をより立体的に、深く伝えたい方は、 酒蔵ミヤモトのメンバーシップにぜひご参加ください。 以下のコンテンツはメンバー限定です。 ありがとうございます。